二人で新年会

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大学の先輩荒川さん、彼が3年生私が1年生の仲。塩竈市のお偉いさんだったこともありさまざまな仕事をやらせてもらった。私のまちおこしの仕事の原点になった浦戸諸島の島おこし『さわやか浦戸プロジェクト』、塩竈市『遊ホール』の開館記念イベント企画、塩竈市もとまち商店街48店舗をのれんの町にするプロジェクト、バリ島歌舞団を初めて宮城に招聘したところも塩竈市、東日本大震災の際は「絵本カーニバル」をやらしてもらった。面白い面白い話がつきない!。

「ボタンの演出」

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以前私が「箱フェチ」で空き箱が捨てられない話をブログにかいた。私が育った家の裏が内科医だったことから大量にでる空き箱で毎日のようになにかしら作っていた影響だろうか。ちなみに隣が大工さんの家だったので大量の木片ももらってきていた。さてさて今日は「ボタン」の話、私の母は子どもの頃の私の服を全部作る人だったので母の引き出しにはボタンが大量にあって、その引き出しに手を突っ込んではずーっとジャラジャラやるのが好きだった。アトリエ自遊楽校では20年前からボタンが大量に入ったクリアケースがあって、それこそ子ども達がジャラジャラやっている。私の友達で作家の江國香織がいるのだがアトリエに遊びに来たときに、一番ハマったのがボタンのジャラジャラ。「私、子どもの頃ずーっとジャラジャラやっていた!」「えーっ、一緒じゃん」と私。「凄いなあ新田さん『ボタンの演出』が、カッコいいなあ〜!」と誉めてくれた。うーん、ボタンの演出かあ、ボタンに素敵な役をふっているってこと?。私は演出やプロデュースの仕事もやっているのでさりげない『演出』に目を止めてもらえたのが
嬉しい。この頃下品な演出が目立って腹を立てている、紅白歌合戦のタモリとマツコ・デラックスが時間までに会場まで来られなかったのでロビーでずーっと座っている演出やゴジラが会場に近づいたので(強烈な)歌を聞かせて撃退する演出などなど・・・。なんじゃありゃ!世の中の若い演出家にボタンの箱に手を突っ込んでもらって学んでもらわないとダメだなあ〜。

子ども参画型社会創造支援事業

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今日は仙台メディアテークにて子ども参画型社会創造支援事業の成果報告会です。「まちづくりにそのまちの子どもが参画すること」を柱に「仙台プラン」を策定した生みの親が私どんちゃん。「子どもの参画」の考え方はロジャー・ハート(ニューヨーク州立大学・環境心理学、発達心理学)が基礎的な考え方をしめしたが、その最終目的は「よりよい民主的な国家形成を築きあげるため」と、いかにもアメリカ的である。日本においては社会教育施設や児童館などがありそこを拠点にさまざまな活動がさなれていることで、日本ならではの、いや仙台ならではの事業を立ち上げたのが「仙台プラン」。さてさて今日の発表はメディアテークが会場ということで聴衆していただいた一般の市民の方々も200人はいるような中で、みんな背筋がすくっと伸びて感動するような発表でした。「子どもの参画」の芽が大きく膨らんで花が咲き初めたような、そんな感じでした。仙台名物「牛タン・笹かま・子どもの参画」。

古川高校同窓会

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私は在仙古高会の事務局をやっている。昨日の夜は80代から40代まで30人が集まった在仙古高会の新年会だった。古川高校は仙台一高の次、宮城県で2番目に創立された伝統校、今年120年の歴史がある。もちろん旧制中学から引き継いだ男子校、映画になるようなバンカラな校風だった。私はこの高校からさまざまなことを学んだ。高校に入学したての私達に向かっていきなり「君達は高校で何を学ぶのかね?」と担任が問いかけては黒板に大きく「稚心よ去れ!」と書いた。続けて言う言葉が「今日から君達は大人です!、古高は君達を大人としてあつかいます。大人の自覚を持ちなさい!」だったからね。やっぱり大人になるよねぇ〜。いまでも覚えている、入学して初めてのホームルームのテーマは「野望をいだけ!」だった、「自分の夢を語る会」じゃないんだよ「野望」だよ「野望」。その時代の校長先生も凄かった「古川高校の中心にあるものは『理念』です。その大いなる『理念』が古校魂」です。君達が将来会社を経営するときがあったら覚えておきなさい会社の中心にあるものは社長ではなくこの『理念』でなければなりません!」そんなワンシーンワンシーンが昨日の事のように蘇ってくるほど高校生活は充実し面白かった。新年会の最後には84才の先輩と声高らかに校歌を歌いました。

子ども読書活動・指導者養成講座

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今日は県庁で子ども読書活動・指導者養成講座の講師でした。県内各地から図書館で読み聞かせのボランティアをやってらっしゃる方々や図書館司書の方々そして図書館運営にたずさわっている行政の方々など、約60人の方々に集まっていただきました。いまこのとき子ども達にどう「本」を読んでもらうか、本当に本当に大事な仕事を担っていただいています。全国の図書館での先進的な取り組みを紹介しながら「市民共同の図書館」についてお話しました。


新しい上司と部下の関係!

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昨日のブログ「新しい上司と部下の関係!」を受けて、今日は昨年4月からウチのスタッフになった「タンバリン君」の話。昨年私が入院していたちょうど今頃、病室のベッドの枕元に置いてあった携帯がなった。電話の主は当時大和町の役場(総務課)に勤務していたタンバリン君。「あの〜、どんちゃん、僕どうしてもプランニング開で働きたいんですが・・・」(あれ、この言葉どっかで聞いたことがある、そうかプーちゃんだ!入院してるとなんでこんな電話ばっかり・・・。)彼は小学低学年から大和町の町民ミュージカルに参加する子どもだった。(プランニング開では「感動がまちをつくる!」をテーマにさまざまな地域でまちおこしをプロデュースしている)そうそうチョロチョロとうるさい、ちっともじっとしていられない子どもだった。なのでプロデューサーである私や演出の渡辺リカにとっては親戚の子ども的な感覚。考えてもみてほしい自治体職員という仕事とウチの仕事!違い過ぎるでしょ!安定しているかとか貰えるお給料だって全然違うわけで・・・、電波高専を卒業しているんだったら別な仕事の方が自分のスキルをいかせるんじゃないの・・・とか。彼は再三にわたる私どんちゃんの忠告を無視して、今、プランニング開で働いています。そういう意味では「タンバリンスタッフ物語」もちょうど1年経過した。総務課で頑張って働いても多分町長さんから後ろからハグされることはないだろから、後ろからハグしてみました。あっ、首締めてる訳じゃないからね〜。

プーちゃんパワー!

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昨年4月に入社した「プーちゃん」は不思議なパワーがある。スタッフの松村は保育士・幼稚園教諭の養成校で教えているのだがそこの教え子、学校では送辞や答辞を読むような優秀な特待生だったって。昨年のちょうど今頃入院していた私の病室にきて「あの〜、どんちゃん私の就職、保育園内定しているんですが〜、どうしてもアトリエで働きたいんですけど〜」から始まったスタッフプーちゃん物語、早いもので1年になる。学生の頃からアトリエのボランティアをしてくれていたプーちゃん、彼女の周りに漂う不思議なパワーがあると思っている。「周りがみんな笑顔になる、なので周りの空気が柔らかになる。」今日も仕事している松村に後ろから抱きついていた、これからの上司と部下の関係はこうあらねばならない?新しい上司と部下のありかたについてプーちゃん式の提案をしています。

「おとぎの森へ」のDVD

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昨年12月に行われた第二回アトリエミュージカルクラスの公演DVDが完成し今日納品された。わずか1ヶ月前の出来事なのに随分時間がたった気がしているのは私だけだろうか。アトリエでモニターを観てあらためて大喜びする子ども達。そう、あの光まばゆいステージはもう二度と戻ってはこない、戻ってこないからこそ尊い。戻ってこない代わりに素敵な「思い出の時間」が子ども達の心に宿ったのだと思う。この子ども達が大人になって、目を閉じて子ども時代の頃を思ったとき間違いなくあのステージがイキイキと蘇ってくるのだと思う。子ども時代にその光輝く思い出があって大人になるのと、そんな思い出が無くて大人になるのでは雲泥の差があると思っている。私が常日頃言っている、もうこれからの時代は「お金持ち」や「モノ持ち」を目指す生き方ではなく「時間持ち」を大切な柱として生きることなんだと思う。子ども達が自分を主人公とした自分の時間を刻むとき、熱くて光る時間をどれくらい持っているかでその後の人生は決まってしまうのだと思う。そうそうこれからは「時間持ち」ね「時間持ち」。


アトリエ始まりましたよ〜。

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今年のアトリエは今日が始まり。今週一週間、就園児クラスのカリキュラムは楽しい楽しい「餅つき」です。写真は弟の「ぎんちゃん」とお兄ちゃんの「ぜん君」(ぜん君は私どんちゃんの小学生クラス)。なんと彼等は仙台市ではなく車で1時間以上かかる美里町から来ているのよ。車で運転の送り迎えはお母さん。下に妹もいてそれぞれ通って来ている曜日が違うので、週に何度も仙台と美里町を往復することになる。昨年お母さんに何気なく「送り迎え大変でしょう」と声をかけた、ら、即座に返ってきた言葉は「その価値は十分あると思っています」だった。お母さんはニコニコ笑っていたが、私どんちゃんは笑えなかった。もちろん光栄だし嬉しいのだが、うーん、アトリエ自遊楽校はその期待に応えているのだろうか?。身が引き締まる思いでいっぱいになった。アトリエが始まる、今日、ぜん君とぎんちゃんに「今年も頑張ります!」を誓った私でした。

「ピコ太郎」からの

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年末年始のテレビは「ピコ太郎」一色だったね。そもそも彼は青森県出身・古坂大魔王(こさかだいまおう)の芸名で「タモリのボキャブラ天国」あたりが出身だからさあちょっと昔(かなり昔?)のタレントだったのさあ〜。仙台放送の番組「あらあらかしこ」(土曜日)に千葉直樹と一緒にMCやってたときは全く普通のキャラだったけどね〜。それでも爆笑問題の田中や、くりーむしちゅーの上田は彼の面白さに昔っからはまっていたっていうから、そうだったんだあって感じだね。カナダ人の歌手ジャスティン・ビーバー(あのお騒がせアーティスト、カナダとアメリカが彼のせいで戦争を初めるんじゃないかってジョークがある言ぐらい・・・)がツイートして世界的になったって。いやーっ、凄いなあ!世の中なにが起こるかわかりませんわ。プロデューサー新田としては、今年、誰かを仕込んで大ブレイクさせようかなあ〜、などと考えて年末年始のテレビを見たのでした。

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